05 | 2025/06 | 07 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 |
15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 |
22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 |
29 | 30 |
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
デイリー孝太郎の執筆の一端を担わせてもらってから、自分なりにではあるが毎週教訓めいたことや意味のあることを書かねばならないと一種の脅迫観念に駆られていた。ときおり詩を書いたりして自分で設定した義務を回避してはいたが、大方「かくあるべきだ。」だとか「この現象には何々という意味がある。」だとかいうように、文章を進めてきた。うまく皆さんに伝わっているかどうかは私の文章力にかかっているので全く別問題として、私個人としては実に充実した気分で書かせてもらっていた。
今思えば、こういう文章は本当に書くのが楽だ。自分の意見をただつらつらと書けば良く、論理の整合性などは勝手に作ってしまえばいい。(それでこそ創作と言えるのだが)教訓を示してはいるが実践に移すことは難しく、常にここに書いてきたような考え方をしている訳ではない。けれど、ひとつの提案としてある意見を述べてきた。
デイリーを書かせてもらっている期間、私はとても穏やかな環境の中に身を置いていた。周りにいる気遣いの上手な友達たち、見守っていてくれる大人たち、私の人間関係は全てそういう居心地の良いもので構成されていた。そしてその世界は狭いものだった。また、私が汗水流して立ち向かうべきものは少し強敵であったけれど、思えばその敵はたった1つで、私がすることは知識のアウトプットに過ぎなかった。そこには選択の余地もなく手段の多様性もなく、必要なのはがむしゃらさだけだった。だから、今まで平静を保ち飄々としていることが許されていた。ある種の余裕があったので、少々人生を知ったかのような高慢な匂いのする文章を気兼ねなく書いてきた。
先日、ほんの些細な事があった。最近になって初めて踏み入れた世界にて、である。簡単に言えば「嫌な思い」をした。まるで幼い頃にした友達との喧嘩のように、その光景は私の心に無神経にズカズカと入ってきたのだ。ずっと、おそらくここ何年間か経験していなかった苦しくて苦しくて逃げ出したい気持ちに襲われ、一瞬で今までのこの安定が崩れ去った。こんな大袈裟に書くと何があったのかと心配されそうだが、本当に数秒間のどうでもいいことなのだ。それなのに。
自分は精神的に成長したと思っていたのは大間違いであった。今までいい人に囲まれてその人たちに頼りきった結果、生身の人間との関わり方の難しさを忘れていた。白い紙へのアウトプットの方が難しいと思い上がっていた。見えないものをみる、人間との関わりを見つめる、人に優しく、ここで色んな理想を垂れてきた。それらは今も間違いとは思ってはいないが、まさに机上の空論。実世界における経験無しには、何の説得力も生まれやしないのだとひしと身に染みた。
まもなく成人となるが、なりたくなかった子供大人になってしまうのだろうか。ため息が出るほど、まだまだ修行が足りない。一歩ずつ、本当の意味で成長したいと切に思う。
これは、今は苦しくても明るい春はきっと来るよ、ということの比喩である。だが私は今日、この"サクラ咲く"というのを体感したように思う。
祖母の家へ向かう道中、長岡天満宮の大池のそばを通った。今がまさに見頃の桜が薄桃色に咲き誇っていた。それを目にして思ったのである。あぁ桜って綺麗だな、と。そして気づいたのだ。桜を綺麗だと思ったのなんて、本当に久しぶりだ、と。
いつぶりだろう、そんなことは忘れてしまったが、少なくとも最近私は桜のことを他の花と同じ程度のものくらいにしか見ていなかった。今日、久々に桜を見て心を動かされ、私は久々に日本人に戻った。
桜は、木に花がつく、というよりも、木が花になる、というような咲き方をする。どこからどのような距離で見ても繊細なのに、圧倒的な存在感を放つ。おまけに、散り方まで華麗である。椿みたいに首からボトッと落ちることもなければ、バラみたいにベロンと剥がれていくこともない。ただハラハラと春の空に舞う。美しい花だと思った。
今春、二度目の受験を終えた私はやっと、本当の意味で、桜が咲いているのを目にしたのだろう。
桜が咲いていて、それはとても綺麗だった。
鴨川沿いの桜が見ごろを迎えた。2・3日前、東岸を少しばかり歩いたが、あたたかな陽気の中で青空に映える染井吉野は、典型的な美しさを誇っていた。
いま「典型的」と言ったのは、私があまり感動しなかったからである。最近、満開の桜を見て心を動かすことがなくなった。ある友人にそう言うと不可解な顔をされたが、これは私の事実である。それこそ「典型的」すぎるからか、あるいは私がへそまがりなだけなのか、理由は分からないが、とにかく桜はさして私の心を乱しはしない。
それよりも、桜と柳、連翹(レンギョウ)と雪柳といった色の配置や構図を私は美しいと思った。鴨川沿いには枝垂柳と染井吉野が交互に植えられていて、桜色と若草色のコントラストが見事である。そこに連翹の黄と雪柳の白がアクセントとして加わる。
この風景には絶対的な勝者が存在しない。それぞれの花が自分の魅力をいかんなく発揮し、風景全体を支えている。青空や白い雲、それらを映す水の流れも不可欠な要素だ。いくら桜が美しいといっても、黄や緑や白の助けを得ずしては、その魅力は半減してしまうに違いない。
もちろんこの国には、吉野山のように、一面桜木に覆われた生物学的には異常な地帯も存在する。それを美しいと思う人は思うであろう。だが、そもそも桜の花が美しく見えるのはその幹が黒いからだ、と、こんな理屈が成り立ちはしないだろうか。桜の幹がピンク色だったならどうであろう。それは極端だとしても、白樺のような淡い木肌だったならどうであろう。桜花の存在感は実際より薄らいでしまうのではなかろうか。
要は、桜の花はその背景や対比物の存在によって際立って見える性質をもつということである。桜の花ひとつに注目してみればそれは実に華奢なもので、日本人の美意識を背負って立つだけの力があるとはとても思えない。それがたくさん集まり、黒々とした幹に映え、周囲の草花に支えられてはじめて艶やかににおうことができる。桜というのはそういう花なのだと思う。
とは言うものの、私は桜を憎むものではない。春に咲いてくれなければ、私とて淋しい気分になるであろう。既成の美に対し、ちょっと喧嘩を売りたくなっただけである。
今年も桜が咲きました。「薔薇ノ木ニ 薔薇ノ花咲ク 何事ノ不思議無ケレド」の北原白秋の気持ちが分からないでもないなあ,と考えていました。何事の不思議無く今年も咲いていますけど,今年見た桜の多くが花びらではなく,花そのものがその前に散り落ちていました。つまり,5枚1セットの花,がくから上全部ががばっと落ちているんです。見られた方多いのではないでしょうか。
これまで案外気づかないところでした。桜といったら秒速50センチくらいで蛍が飛ぶようにはらはらと舞い落ちて,きれいだな,で済ますのが一般なのでしょうが,椿さながらがばっと花ひとつ落ちている,それも一つや二つではない。これは衝撃です。固定化された桜のイメージそのものに一石を投じられたかのようです。
もともとちゃんと見てもいなかったのだろうと思います。世の中に花見は多くても,花を見ている人はそう多くはありません。イメージ,偏見(,そして宴の席)を見ているわけです。桜とははらはら舞い散るばかりでもなく,ごっそり余情などなく落ちうるもの,そう知ってみると「桜って淡く舞うよね」などと呑気なこと言ってられません。椿を見るようなワイルドさがこもってきます。
私がこれを思いついたのは、電車の中、ポータブル音楽プレイヤーで音楽を聴きながら、窓の外をぼうっと眺めているとき。イヤフォンから流れる音楽を景色に貼り付けながら鑑賞しているかのような気分に囚われた。それは、楽譜を左から右へ読んでいく行為とも重なる印象があった。顧みるに、部屋に篭もってコンポで同じ音楽を何度も聴いていると次第に飽きてくるが、次々に移り変わる景色に音楽を投影しながら聴いていると、音楽の中に新しい発見をすることが多いように思われる。
芸術は「体験」である。作品に含まれる作者の表現などは案外比重の低いものだ。作品に一通りの解釈しか存在しないとすればそれはただの「情報」である。自分固有の芸術体験を大切にしていきたいものだ。
あの少し堅い雰囲気の中、毎回あまり代わり映えのしないように感じる話を聞きながら、立っているのはなかなかしんどく、正直なところ、式に対しては面倒くさいものという印象しかなかった。しかし、そんな面倒くさい、形式的な式も、自分にとっては大切な役割を果たしていたのかもしれない、と最近思うようになった。
大学には始業式、終業式というものがない。(少なくとも私の大学では行われない。) 各自が履修している科目の試験を全て終え次第、長期休暇に入り、授業開始日に再び登校する。夏休みもいつの間にか始まって、あっという間に終わり、冬休みも、学年が変わる前の春休みさえも同様だった。
以前は、春休みに対して次の学年への準備というイメージが強かったのに、今回の春休みはどうもそんな気がしなくて、何故だろうと思っていたのだか、最近、それは自分の気の持ちようが違い、新年度に向けてのあの一種張り詰めたような気持ちがないことが原因だと気付いた。気持ちの切り替えができていなかったのである。
始業式で、ああ、新年度が始まるなあ、終業式では、もう一年も終わりか、というように、私は自分自身の気持ちの切り替えのきっかけとして、意外と式というものを利用していたようだ。
人が生まれてから死ぬまで、自分自身の時間はどんどん流れていく。一日、一週間、一ヶ月、一年…時間に何処か区切りがあるように思えるのは、人がただ定めたからで、本当はただただ流れていくものなのだろう。
しかし、生まれてから死ぬまで目の前にただ膨大な時があると考えると、人は何をしていいかわからなくなったり、無気力になったりするのではないかと思う。きっと、気持ちの切り替えが必要だ。けれど、意外と自分だけで気持ちを切り替えるのは難しい。だから、一年後に向けてどうこうしようとか、あと十分たったら始めようとか、なにかしら区切りをつけ、その区切りをきっかけに、自分自身の気持ちを切り替えて、何かに向けての活力を手にしている部分もあるのではないだろうか。
四月になって、もう満開の桜を目にするようになった。勿論、始業式なんてものはないけれど、漂う春の空気をきっかけに、気持ちを新たにして、新年度も頑張ろうと思う。
バイオエタノール、バイオマスエタノールという耳慣れない言葉が巷に広まって、これは新しいエネルギーだと皆が手放しで賞賛したのは少し昔のことになった。今は多大なコストがかかるだとか、逆に環境破壊を引き起こすだとか様々な問題点があげられている。オレンジジュースも飲めなくなるのかな。これからバイオエタノールはどういう風に私たちに関わってくるのだろうか、批判を考慮したバイオエタノールに関する一段階上の利用法は見つからないのかな。とぼんやりと考えていた時に、ふと頭を過ぎった事を書こう。
これは改めて考えることもないような、当たり前の事実なのだけれど。文化であれ技術であれ、物事を受け容れるまでのプロセスは、賞賛・許容→批判・反発→受容という順序で成り立っている。新しいものを取り入れる際に起こる現象としては当然のことだろう。例えば、幕末開国期の日本において開国に反発した攘夷派が、最終的には西洋文明の利点を受け入れそして利用したように。文学のジャンルの変遷も反発が大きな転換を示していて、このプロセスに通じる部分があるかもしれないと、思っている。もちろんこれらはこじつけに見えるだろう。事実、私はこじつけた。
なぜならすべての現象にA対Bという単純な構図があるわけではなくて、政治的な意図や思いもよらない偶然や他のものとの関連といった多様な要素が絡み合っていることは間違いないからだ。
ただ賞賛・許容→批判・反発→受容の形に「こじつけること」こそが大切なのではと私は思っている。それは正・反・合の弁証法のように、あるものとそれに矛盾するもの双方を考えることで一段階上のあるものその2を作るよう心がけることだ。
ここでいう「受容」は「消化」と変換しよう。そうして「鵜呑み」との差異を強調したい。私の中に新しく舞い込んできたAを、「これが皆の言うAか。ではここ(頭)にしまっておこう。」とはしたくないのだ。理想はAに「本当にそれがAなのか?Aはしまってもよいものなのか?そもそもAとは何なのか?対立概念Bとはどういう関係なのか?」としまってしまう前に問いただしたい。そうしてAを「真のA」に近づけてから、存分にAを味わいたいものである。できれば結果的に、消化を経て私なりのAを確立させたい。
なんだか懐疑的な人間を作り上げそうな理想だが、自分のものにして受け容れることは有用だ。この消化のプロセスは、許されないものを高い次元で再構築する思考と、許すべきものを受け容れる心の広さを与えてくれるのだから。これからは人や学問を含め新たな世界に接する機会が多くなりそうだ。ぼんやりしている私はあっという間に情報の海に流されてしまいそうなので、「消化のプロセス」を意識したい。