孝太郎編集員と、ゲストの方とで、かわるがわる記事を書いてゆきます。孝太郎本体に関するお知らせ(ex.第○号を出しました!)をここですることもあります。
カレンダー
06 | 2025/07 | 08 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
最新TB
ブログ内検索
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
大学に新入生が来て,周りの状況はかなり初々しいものになっています。授業の出席率といい,教科書販売の行列といい。
ところで,「ピッカピカの一年生」という言い方が何だか哀しいものに思えるようになりました。ピッカピカと形容するのは「古びた」人たちでしょうか。ピッカピカならそのうち汚れがこびりついていくんでしょか。これは,大いにあり得ますね。要領よくサボることを学んでいったりとか…いや,脱線。こんなことをいちいち言う自分もどうも老けたなあとか考えたり考えなかったことにしたり。
同じことは「夢を持って生きる」ことを,何故か若年層に求めることにも言えるかもしれません。それも「自己実現の夢」に限り。何でしょう,それを聞いてるのは大概夢を諦めた側であったり…。先のピッカピカも,今度の夢も,両方なくしてしまった側の懐古,諦めの蠢く言い方に聞こえてきます。
事始のフレッシュな気持ち,それ自体はとても良いものだとは思います。ですがそれもいずれその意思を見失うのを見越しているみたいで。いったいどないせえと言うんでしょうか。
PR
この記事にコメントする