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大学に新入生が来て,周りの状況はかなり初々しいものになっています。授業の出席率といい,教科書販売の行列といい。

 

 ところで,「ピッカピカの一年生」という言い方が何だか哀しいものに思えるようになりました。ピッカピカと形容するのは「古びた」人たちでしょうか。ピッカピカならそのうち汚れがこびりついていくんでしょか。これは,大いにあり得ますね。要領よくサボることを学んでいったりとか…いや,脱線。こんなことをいちいち言う自分もどうも老けたなあとか考えたり考えなかったことにしたり。

 

 同じことは「夢を持って生きる」ことを,何故か若年層に求めることにも言えるかもしれません。それも「自己実現の夢」に限り。何でしょう,それを聞いてるのは大概夢を諦めた側であったり…。先のピッカピカも,今度の夢も,両方なくしてしまった側の懐古,諦めの蠢く言い方に聞こえてきます。

 

 事始のフレッシュな気持ち,それ自体はとても良いものだとは思います。ですがそれもいずれその意思を見失うのを見越しているみたいで。いったいどないせえと言うんでしょうか。

 

 清新な時の気持ちを本気で持っていればこれらの形容は見た目にも当てはまらなくなるのではないかな,と思いました。いますよね,見るからにフレッシュな,活気に満ちた人が。春になって,やたらと常套句でフレッシュなどと言われるとつい皮肉ってしまいました。フレッシュという言い方に噛み付くのも,古びていく姿なのでしょうかね。
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