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 高校時代の国語の師、I先生。印象的な授業、言説を示して下さいましたが、その中でも特に筆者が覚えているものの一つに、某大学の国語の入試問題を解いていた時の発言があります。曰く、「国語の問題を解くのは頭のスポーツのようなものだ」と。

 

 難解な記述式の問題を解くことについて述べられたものですが、ウンウン悩んで、頭の中で考えを捏ね繰り回して、深く深く考えて記述する、そうして終わった時には走りきった後の脚の感覚のように、頭に心地よい疲れのようなものが残っている、という感じだったでしょうか。高校時代は専ら素人フルマラソンのような疲れしか筆者は味わっていなかったのですが…。

 

 筆者は現在第二外国語として中国語を学んでいます。発音や日常会話、基本文法を学んでいるうちはよかったのですが、そろそろ文章読解に入ってきて苦労が始まっています。その中で、嘗て始めて英語を見たときに味わった、「全く読めない」感覚を再び味わっています。そうなった時は例えば「私は2~3日旅行に行きます」という他愛ない文章を書くにも辞書首っ引きで、単語、いや文字単位での結びつきを考えていくわけで、解体新書の「フルヘッヘンド」を訳すのに苦労した、という逸話まで思い出してしまうほどです。

 

 そんな状態でいると、つい最近の授業で一つの中国語文章を日本語に訳しきったとき、何か一試合終わったかのような疲れと達成感を感じました。I先生の言葉を思い出した所以です。大学の第二外国語など、周りにはやっつけ仕事として「要領よく」こなす方々が周囲は多いのですが、手も足も出ない感覚を味わって、かつじわじわと考えていく体験が出来たことは大いに有益だったなと考えています。

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