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ある人はしっかり勉強して、ある人はスポーツで体を鍛え、ある人は楽器の腕を磨き、ある人は人のためになる仕事をし、そうして日は暮れてゆく。
そんななか、勉強はよくわからないし、運動はしたくない訳でもないけどそのために外へ出るのも面倒だし、楽器の練習を毎日コツコツやる根性もなく、人の役に立ちたいと言いこそすれ、こんなやつが仕事などできる訳がなくずっと家にいる、そういう自分が今日もまた夜をむかえて「なにもできなかった」と少し自分に嫌悪感を抱く。日々いきいきとグングンすすんでいく人にはもう追い付けないような気がして、いまさら努力するのもなぁ、なんて思ってしまう。
それに対してもう一人の自分が考えるに、世の中からすれば、自分が今日一日猛勉強したりコンビニでレジ打ちしまくったりしても、ピーナッツチョコを口へ運びながらテレビをみたり有名人の書いた本を寝ながら読んだりしても、大して変わらない。私ががんばるかどうかは世の中と相談して決めるのでなくて自分が納得するかどうかでしかない。
さらに別の自分が考えるには、やはり他人のためになることをするということが良いことであり美しいことである。世の状況をよく見極め、自分が最大限人々に貢献できることを模索しそれに尽力することこそ私の望む生き方である。
いろんなことが頭の中をうごめきながら、どうしたらいいかわからなくて、とりあえず忙しくしてみる。忙しいとはこういうものではないか。
予めあった道を、わたしはすすむのでない。「僕の後に道は出来る」と言って生きてゆきたい。自分に責任をもつということだ。その道を通るのはただ自分ひとり。マニュアルはない。こういう意味で「道を踏み外す」という言葉をみると、これは間違っているな、という気になる。(道という語を正しく把握するのは難しい)。わかるだろうか。
確かに彼や彼女は自分よりもずっと勉強はできるし仕事もテキパキやる。だからといって自分が陰になってどうするのか。私のもつ時計と、やつらのもつ時計は進み方が違うのだ。忙しさの中に身をうずめてしまっては自分も、それにきっとまわりの人も、つまらないに違いない。この混沌は私がつくっているのだ、ハッハ!とくらいに言ってみよう(ただし誰もいないところで)。そうするとテレビの前で寝転がってばかりはいられなくなる。

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