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 小学校の頃習字をしていた影響か、私は人の書く文字に注目することが結構ある。文字は見方によっては書いた人の色々なことを教えてくれると思うからである。
 少なくとも、私の文字には私の性質が現れているような気がする。何だか自分の欠点ばかりが浮かび上がっていて、それを露骨に出しているのではないかと恐れるほどである。そうしたことの多くは、欠点と思うあまりに臆病になって気にしてしまう「思いこみ」の類いであり、私の欠点を知らない者には読み取れるはずのないものであるのだろうけど、それでもなかなか拭い去れない怖さである。例えば文字の大きさでいえば、私は書く文字の極端に大きい、或いは小さい人どちらも知っているが、やはりそれがその人の大胆さに比例していると考えても違和感がない。こんな例があるからたまったものではない。
 文字を書き続けて二十年近く、当然私の文字は変わり続けてきた。昔の文字と比べると、段々人に見せても読めるものになってきているから一安心であるが、その変化には若干違いがある。他人の文字を意識しているか、いないかである。もともと意識してきたことはただ綺麗に、或いは格好よく書くことであったが、他人の文字を見て、どうしてあんな文字を書くのだろうかと疑問が生じるうちに、それを真似してみれば何か分かるかもしれないと思うようになったのである。とはいえ他人の文字などなかなか覚えられるものでもなく、真似を試み成功しているのは両親か兄弟のものくらいである。しかしそうした真似の過程で、私自身の文字もまた変わっていく。
 他人の文字に興味を抱くきっかけは、文が自分より小綺麗に収まっているのを感じたときなどである。「で」の字なんかにギョッとすることだってある。材料はどこにでもあるので、暇潰しにはもってこいである。
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