孝太郎編集員と、ゲストの方とで、かわるがわる記事を書いてゆきます。孝太郎本体に関するお知らせ(ex.第○号を出しました!)をここですることもあります。
カレンダー
05 | 2025/06 | 07 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 |
15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 |
22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 |
29 | 30 |
最新TB
ブログ内検索
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
先日わが家庭の戸籍謄本を見た時、父の欄に父の母、すなわち私の祖母にあたる人の名前を発見した。故人で会ったこともない人だから私はその名をその時初めて知ったのだが、祖母の名前は父の名前と同じ漢字を含んでいた。つまり、父は祖母から名前の漢字を受け継いだ。
そのとき私は、あぁ父も人の子であるのだなぁと思った。そんなことは自分も人であるならば当然のことだが、自分の親が、その親に今までの自分のように育てられてきたというのは、確かなことであるけれどなかなか想像しにくい。特に親が自分よりはるかに大きくたくましく、何でもできる存在であると思えた幼少の頃は、親は神にも等しく全く完璧で、自分と同じ人であると考えることもできなかったものだ。
しかし二十歳にも近づく頃となると、そうでもなくなる。身長は成長期を過ぎても父に及ばないし、社会人として働く親に比べれば私はまだ何もできない存在に等しい。しかし年を経て、親が常に正しいとか、何でもできるわけではないことに気付きだす。そして次第に親もそれぞれ一人の人であると見るようになる。
親のように、幼い頃は絶対的なもの、世界の全てに見えたものは、自分が成長していくにつれて段々その絶対性を失う。その代わりに更なる広い世界が自分に開かれる。それは人が自立していく上で欠かせないことであるのだろう。だから私にとって親を一人の人として見ることができるようになったのは、喜ばしいことである。しかし同時に、幼い頃の自分に戻りたい気持ちもまだまだある。絶対的なものの存在を認め、すがりついているのは気持ちのよいことだった。
現在、心では自立しようとしつつも現実はままならない、微妙な立場に自分はいる。といって自分が自立している姿も想像がつかないいっぱいいっぱいな状態であるが、やがては落ち着いて、今度は一人の人として以上に親を見る、次の段階に進めたらよいと思う。
そのとき私は、あぁ父も人の子であるのだなぁと思った。そんなことは自分も人であるならば当然のことだが、自分の親が、その親に今までの自分のように育てられてきたというのは、確かなことであるけれどなかなか想像しにくい。特に親が自分よりはるかに大きくたくましく、何でもできる存在であると思えた幼少の頃は、親は神にも等しく全く完璧で、自分と同じ人であると考えることもできなかったものだ。
しかし二十歳にも近づく頃となると、そうでもなくなる。身長は成長期を過ぎても父に及ばないし、社会人として働く親に比べれば私はまだ何もできない存在に等しい。しかし年を経て、親が常に正しいとか、何でもできるわけではないことに気付きだす。そして次第に親もそれぞれ一人の人であると見るようになる。
親のように、幼い頃は絶対的なもの、世界の全てに見えたものは、自分が成長していくにつれて段々その絶対性を失う。その代わりに更なる広い世界が自分に開かれる。それは人が自立していく上で欠かせないことであるのだろう。だから私にとって親を一人の人として見ることができるようになったのは、喜ばしいことである。しかし同時に、幼い頃の自分に戻りたい気持ちもまだまだある。絶対的なものの存在を認め、すがりついているのは気持ちのよいことだった。
現在、心では自立しようとしつつも現実はままならない、微妙な立場に自分はいる。といって自分が自立している姿も想像がつかないいっぱいいっぱいな状態であるが、やがては落ち着いて、今度は一人の人として以上に親を見る、次の段階に進めたらよいと思う。
PR
この記事にコメントする