孝太郎編集員と、ゲストの方とで、かわるがわる記事を書いてゆきます。孝太郎本体に関するお知らせ(ex.第○号を出しました!)をここですることもあります。
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最近暑い日が続き、日も長くなっている。もうじき夏である。そろそろ、夏の匂いがしてもよい頃だ。
夏は夏の匂いがする。冬は冬の匂いがする。これは、筆者にしか分からないのかも知れないし、思いのほか多くの人が思っていることかも知れない。夏は、開放感あふれる、紺色の夜空と夏草と冷奴の風が流れる。冬は、せまい空間の中で、ぴんと張った空気にガスファンヒーターの匂いが混ざった、周りが寒いが故 の温かさをもった空気が充満する。どちらが良い悪いというわけでなく、ただ、その匂いを感じて季節の到来を肌で知った時の、幸せな気持ちをもたらしてくれる。
古くから日本人はそうだったのだろう。季節の変化に富んでいるこの島国で、春夏秋冬それぞれの季語を体感することによって、季節それぞれを楽しみ、憂い、心を震わす。もしかすると、今、過去の火鉢はファンヒーターかもしれない。もしかすると、過去の扇がうちわかもしれない。ひょっとすると逆に、空に浮 かぶ夏の星座は、ほとんど全く同じかもしれない。けれどそんなことよりも、人々が季節の匂いにふと立ち止まるのは、今も昔も、季節が巡る限り、きっと変わらないであろう。豊かな四季のある島国で、人々はこれからも四季に心動かされる、どうかそうあってほしいと思う、筆者なのでした。
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