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 ホールは楽器である、などとよく言われるが、もっとラディカルに言えば音楽を聴く人間の鼓膜だって楽器だと思う。それはつまり「振動している」ということ、「音楽を感じている」ということにおいてである。楽器は音を"出す"、と言う。人は音を"聴く"と言う。確かに両者の振動に音速による時間差はあるものの、一度耳まで届いてしまえば、それは共振現象である(物理的に正しい意味かはわからないけどなんとなく察してください)。一方向の矢印が空気を貫いているわけでは決してなく、楽器と人間の鼓膜(もっと言えば心)は同時に共通の美的法則を感じあうのである。
 因果論は哲学の一大テーマであるが、原因と結果というやつは楽器と聴き手に似たところがないだろうか。たとえばスポーツでも何でもよいが、練習したから上達する、もっと上達したいから練習する。そこに因果の別は無く、ただ時間的な前後関係があるばかりである。われわれが何かに打ち込んでいるとき、しばしばその目的を忘れてしまうのは、未来の自分との共振そのものに深く満足を覚えているからではなかろうか。目的などどうでもよいのである。大切なのは今であり、また未来であり、それらを貫く心の震えである。
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