孝太郎編集員と、ゲストの方とで、かわるがわる記事を書いてゆきます。孝太郎本体に関するお知らせ(ex.第○号を出しました!)をここですることもあります。
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空を見上げても星の見えない世間に暮らすようになってきました。いや隠喩ではなくて文字通りの意味で、です。現在一人暮らししている場所は高校時代まで住んでいた場所よりも星が見えないんです。悪いときは一つも。一番星を見つけるのに血眼になります。健康に悪い。
今の時期、何の星座が見えるのだろうなと聞かれても答えられそうにありません。夏になったら見えるであろう星座や、十二星座の位置とかも思い浮かびません。それ以前に宵の明星や北極星すらも見えないのですから、基本的に星文化というもの自体が天の彼方へ離れていってしまいそうな印象があります。そのうち酷くなると星座占い自体が動物占いの変種のようにみられるかもしれませんね。
星空はプラネタリウムや本の上や望遠鏡や、もしくは「それ専用の」場所でみるものに、既になっている場所もそう少なくはないでしょう。かつて普通にいた動物を動物園に見に行って勉強するのと同じ感覚で、星座やその他星空に関わるを見に行って勉強するものになっていく状態。
だから街灯を消せ、と言ってももはや詮無きことだから、普段無視されて、ホタルの季節くらいに年中行事級に繰り返されるのが現状とも思います。ただ、それでも次世代に星文化を教えるならば、ある程度我々くらいは覚悟しておいた方がいいだろうなあと感じるのです。
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