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先週末の夕暮れ時、私は近所の寺の境内を歩いていた。西方には夕日の気配がうっすらと残り、東の空には満ちかけた月が昇って辺りの雲を青く照らしていた。お精霊送りを間近に控えた境内は、たくさんの行燈に彩られ、ふだんとは全く違った妖しい華やかさと緊迫した静けさに包まれていた。
残光が薄らぐにつれて、法堂のシルエットが黒々と浮かび上がり、それを背景にして行燈の光がますます映える。人の気配はしない。砂利を踏みしめる私の靴音だけが規則正しく鳴っていた。
この寺に、今年は幾人の霊が還ってきているのだろうか。どんな気持ちでこの一週間を過ごし、何を思って向こうの世界に帰って行くのだろうか。数年前に亡くなった私の祖父が、この寺の納骨堂に眠っている。私たち家族の近くに暮らしていながら孤独な生活を好んだ人で、幼い孫には結局何も語らぬまま逝ってしまった。聞いた話では、彼は形あるものへの執着を根っから嫌ったという。亡くなった日の新聞と、鉛筆だけを握りしめて灰になった。墓はない。
そんな祖父の霊も、この境内の中を漂っているのだろうか。私を見つけても、きっと知らぬ振りをするだろう。何も教えてくれはしないだろう。そのかわり恨みも取り憑きもしないだろう。そもそも外に出るのが億劫で納骨堂にひきこもっているかもしれない。そうだとしたら、それが一番祖父らしい。
不謹慎なことを考えながら、私は法堂の周りをゆっくりと歩く。蝉の声がとぎれとぎれに聞こえる。ふと石段に目をやると、その中ほどに腰掛ける人影が見えた。行燈の薄明かりに浮かび上がるその正体は、私と同じくらいの年の、華奢な女性だった。そして、どうやら彼女は本を読んでいるらしい。お盆真っ盛りの人気のない境内で、行燈に照らされて読書にいそしむ。今どきそんな人がいるものだろうか。私は興味をひかれて、知らぬ間に足を止めていた。そしてしばらく彼女の方を眺めていたが、向こうは私がいることに気づく風もなく、一心に書物と向かい合っているのだった。
粋な幽霊もいるものだ。