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「人の目に私の演技と映るものが私にとっては本質に還ろうという要求の表れであり、人の目に自然な私と映るものこそ私の演技であるというメカニズムを、このころからおぼろげに私は理解しはじめていた。」(三島由紀夫/仮面の告白より)
私って何なのだろう。というある意味哲学的で高尚な、そして他のある意味では自我を見出せない幼い、感覚に時々襲われる。
今こうして昔の自分を振り返ると、小学校に入る前、私は思った通りに行動したし考えた通りの言葉を口にしていた。しかし、成長を経て、知らないうちに「本音」と「建前」を使い分けるようになっていた自分に気づかされる。
しかも、それは表と裏の単純な構造ではないのだ。他人の前で本音とは裏腹の演技をひとつする、するとその後の私は演技をする前とは異なった人格を持っているのだ。ほんの少しずつ人格が変わってゆく。それはまるで、魚が体内に有害物質を長年かけて蓄積していくように。それはまるで、はじめについた嘘を守るために新たな嘘で塗り重ねていくように。
そんな自分を嫌いになりそうにもなった。しかし、その人格変化はそもそも良いものなのか悪いものなのか。自分の力で考えて選択した演技なら良いのかなぁ。変化の速さが自身のついて行ける程度のものなら構わないのかなぁ。本音と建前両方の要素があってこその私なのかなぁ。
たとえば、親の期待に応えるために演技をし続け、結果的に自分の意思を失ってしまうような「演技」ではない。思いやりから発したり、自制心から発したり・・・きっとコミュニケーションにおける演技は私を成長させるものだろう。
自分に言い聞かせてみる。本質と演技が並走しているうちは大丈夫、本質をおいてけぼりにさえしなければ、むしろ有益なことかもしれない。
だけど一度何かの拍子に逆の方向の使い方をする、つまりいつもは電車を降りてくる所を電車に乗る所とする、そういう時、ふと違和感を覚える。見慣れた景色のはずが、あれ?ここどこ?と一瞬きょとんとしてしまうのである。もちろん、周りに悟られないくらいの、びっくりな顔であるけれど。
いつも電車を降りるホームは電車がある状態や対岸に見える状態のものであって、電車のない状態でまさに突っ立っている場所ではない。
反対に、いつもは電車に乗る方のホームに降り立っても、ぱっといつもの風景と合致しない。
これは、何らかの形で私が"いつもの風景"を"自分流"にしてしまってるからではないかと思う。つまり、まさにそのまま、"一方向"からの風景に慣れてしまって、その気は無くとも、その一方向を自分の中で定着させてしまう。
それは、物事を覚え、理解するには必要なことであり、日常生活を送る上で必要な手段であるのだけれど、やはり同時に固定観念のようなものが生まれてしまうようだ、と、見慣れた私流のホームに立ちながら思ったのでした。
「ちょっといいことをした気分」のように、軽い意味でつかわれる「イイコト」という言葉がある。それが指し示す内容は場面によってさまざまだが、例えば「お年寄りに座席を譲る」といった行為が代表例だろう。
バス通学の私は、毎日のように「イイコト」の交錯を目にする。満員のバスの中で、乗客は少ない座席を譲り合っている。その多くは、たしかに素直な気持ちで「良い事」として受け止められる行為である。しかし、「イイコト」を逆手に取ったり、「良い」かどうかとは別の思惑を持って「イイコト」を為したりというありさまが散見されることもまた事実である。
いちばんよくあるのが、「イイコト」をして優位に立とうとする行為である。座っていたお年寄りが、同い年かいくらか若く見えるお年寄りに席を譲ろうとする。「けっこうです、ありがとう」と言われても、強引に座らせてしまう。譲られたほうが申し訳なさそうな顔で小さくなって座っているその横で、「イイコト」をしたお年寄りは誇らしげな顔をしている。
また、その逆もしばしば発生する。お年寄りには違いないけれどまだ十分元気に歩いているような人が、そこのけそこのけと言わんばかりに立っている乗客を押しのけて空いた座席に直行する光景をよく目にする。若い人が座っている席の横に立って、「どこに座ろうか」とつぶやいている人もいる。先日見たのはこんな一幕だった。途中で乗ってきたお年寄りの女性が、後部座席にいた若い女性に自分から声をかけて席を譲ってもらった。曇った顔で立ちあがったその若い女性を見ると、彼女は明らかに妊婦だった。
「お年寄りに席を譲る」ことは、行為そのものを純粋に見れば、すばらしいことに違いはない。しかし、いったん「イイコト」といて定型化すると、それは複雑な意味を含んだある種の象徴記号として働き、人々の行動に別な影響を及ぼしうる。そうなると、もはや「イイコト」は「良い事」ではない。
そもそも善悪というものは、理性や道徳を持ち出してもそう簡単に判断できるものではないし、できたとしても大変デリケートな問題である。私が目撃した最後の例も、一筋縄ではいかないとても難しい問題を孕んでいると思う。型にはまった「イイコト」はわかりやすい反面、あぶなっかしい一面を持っていることも忘れてはならない。
私の場合は、座席が埋まっている状態でお年寄りが乗ってきたら、黙って席を立つようにしている。何が良い事なのか、もう少しよく考えてみないことには、私にはわかりそうにない。
今年の大型連休は飛び石の休みでしたが,みなさん多様な(多用な)休日を過ごされたことと思います。私は,連休の後半は京都に帰って,農作業をしていました。
私の実家の一つは兼業農家です。今の時期は家は農繁期,先日は苗代作りをしてきました。田植えをするには苗が必要,その苗は(最近では買う人も多いのですが)田圃の一部でまとめて大量に作り,育ったものを田圃全体で使います。その苗の育つ場所を作る作業でした。苗床となるケースに土を入れ,籾を蒔き,別の土で蓋をする。田圃の一部を区切って畦を作り,水を入れる。畦を耕して平らにして,ケースを並べる。新聞紙を被せ,寒冷紗をかける。これだけの作業です。一日がかりです。日ごろ慣れない都会っ子には田圃の中で歩くだけで筋肉痛です。日ごろ慣れない都会っ子には出てくる虫の名前すら分かりません。
ところで,農作業が「スローライフ」として,定年後や脱サラした方々に人気というのは続いているんでしょうか。分刻み,競争激し,心磨り減る毎日から開放され,自然の下自給自足の素朴な生活…。文字通り,牧歌的生活(畜産業だが)。私も手伝うようになるまでは同じように考えていました。しかし,やってみると,やはり,牧歌的なイメージに留まったものだったんだな,と考えるようになりました。
まず,けっこう時間はシビアです。分刻みとは言いませんが。けど,期日に追われるのと,案外大差ありません。「今日中に耕しておきたいのに!」って日に雨が降ったりします。競争はどうでしょうか。出荷するとしたら中国やアメリカの安い農産物と勝ち目のない価格競争がある,ってところでしょうかね。人的な競争は少ないか。何より実感するのは,どこかの時点でいきなり農業を始めた人が自給自足でやっていくのは極めて困難,ということです。父の言葉に,「道楽で農業をやってる」「農業やるために働いてる」というものがありました。それなりの規模しか持たない場合,自給自足するにしても,その生産費はかなり嵩みます。作る段階で必要な資金は?農産物を売っても足りないゆえ働くしかない,となるわけです。自給自足をできるのはある意味「富農」なわけです。死語?
農業自体は魅力にあふれています。面白いです。時期によって変わる風景を楽しんだり,辛い赤唐辛子としし唐を一緒に作ると辛くない赤唐辛子が出来たり(笑)世間事情が分かったり(笑)虫や蟲や猿などと真剣に争えたり(笑えない)。スローライフを期待したら案外生きにくいスタイルかもしれませんが,都会人特有の牧歌をやめて,農村の歌を歌えるようになれば,本当に楽しめるかもしれません。私もまだまだ修行です。
「流音」と呼ばれている音がある。この言葉を知らない読者諸氏は「流音」と聴いてどのような音を想像するだろうか。
しかし何のことはない。日本語で言うラ行の音、英語ならrやlの音を、音声学の分野でそう呼ぶのだ。
ところで調音言語学の述語というのは、硬口蓋ナンチャラ音だとかドコドコ摩擦音だとか、その発音の作り方を客観的に分析した名前が付いているものであるが、流音なんていうのは全く聞いた"感じ"に依拠した命名であって、客観的な説明は難しい。(口を閉鎖すること無く空気を流したまま発音できる子音であるから、日本語訳でこそ意味は通るが、言語はliquidsといって液体の意である。それに、空気が流れていることを定義に使っては他の色々な音も流音に入ってきてしまう。)実際、国際音声記号では「流音」なる述語は使われていないのだが、如何せんギリシア語やラテン語の時代からずっと使われてきた言葉だけに、慣習的によく使われるのだという。
結局何が言いたいのかというと、客観的な事実にそぐわなくとも、人間の"感じ"の部分をダイレクトに掴んでしまう言葉があるのだということ。譬えという言語活動にはそれだけの可能性があるということである。
5月の大型連休、俗に言うゴールデンウィークは部活の合宿に全て費やされてしまった。休暇によって、体を休めることができたというよりかは、むしろ普段よりもどっと疲れたような気もしている。(合宿は有意義な時間だったとは思うのだけれども。)
さて、合宿は琵琶湖の傍のユースホステルで行われた。私が泊まっていた建物は、すぐに琵琶湖の波打ち際まで出られる位置にあったので、休憩時間は、よくそこで友人たちと、
嗚呼、モーターボートに乗りたいなあ
嗚呼、このまま波に揺蕩いたいなあ
嗚呼、このまま波に流されてしまいたいなあ
嗚呼、このまま入水したいなあ
等々、つぶやき合いながら、吹いてくる風を受け、波の音を聴いていた。
波の音というのは不思議で、聴いているうちに自然と気持ちが落ち着いてくる。「1/fゆらぎ」が存在するからなのだろうけれど、私は、波の音が、まだ胎内にいたときの音に似ているからではないだろうか、と思った。
波の音を聴いていると、落ち着くと同時に、時間の流れというものが自分の中から消える気がした。それは、時間の概念というものをまだ持たずに、胎内で揺蕩っていた頃の感覚と似ていて、波の音を聴いていると、胎内にいた頃に還る気がする。私が思うに、胎内にいた頃というのは、絶対的安心感があって、だからこそ、その頃に還ることのできる感覚は落ち着くのではないだろうか。
琵琶湖の波打ち際から帰ってきて、もう2日ほど経つ。
今、もう一度あの波の音を聴きたい。
イラナイ魚
魚が死んでいる。
ある漁港にて私が思ったあること。
20センチ程の魚たちが、防波堤に死んでいた。
10匹弱、小さな円を作るように、
ひっそりとも言えないが存在感を示している訳でもなく、
死んでいた。
それは、波に打ち上げられたのではなく、
人間に捨てられていた。
なぜなら、この魚はイラナイ魚だからだ。
人間にとっても、地球環境にとっても、この世に
必要でないからだ。
白い砂にまみれて、コンクリートと同化していた。
地面から盛りあがった部分が魚なのだ。
魚だった部分が盛り上がっているのだ。
一瞬、遥か昔にあった戦争を描いた彫刻に思えた。
身を守るための保護色?なんて皮肉だ。
なぜ、釣り人はあの魚たちを見なかったのだろうか。
目には留めたが、魚だとは気づかなかったのか。
目には留めたが、魚だとは思いたくなかったのか。
私は陸の魚たちに背を向けて
水の魚たちの方を向く
そうして、釣り人の物まねをするのだ。
後ろに何かがある。いや、いる?
善だとか悪だとかどうでもいい。
夕日よ、彼らを火葬しておくれ。