孝太郎編集員と、ゲストの方とで、かわるがわる記事を書いてゆきます。孝太郎本体に関するお知らせ(ex.第○号を出しました!)をここですることもあります。
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夕立の非日常性は素敵なものだなと最近よく思います。聴覚視覚,時折嗅覚触覚で何か特別な印象を受けます。聴覚は雷と,急緩ついた豪雨の音。視覚はいきなりの暗幕としての雷雲と,夕焼けの色した薄い雲の混在。嗅覚というのは一瞬だけ降った後の雨の匂い。触覚は傘が無かった時は特に実感。味覚は無いのでしょうか。夕立の味。個人的には梅のゼリーのような味ではないかと思ったのですが。
私は特に視覚の点が好みです。夕立というとやはりいい印象を持つ人はまれで,うっかり対策を怠った日にはそりゃあもう悲惨な有様になるわけで,私も何度洗濯物や自分自身我が濡鼠になったことか分かりません。しかしふと空を見やった時に群青と紅蓮…というと大げさではありますが,まあそれくらいの色合いが見えた時から,その期待もあって夕立というものが好きになっていきました。加えて,中学の時に一度だけ見たのですが,雨が上がった後に夕日が濡れた地面を照らして,丁度うまく光が反射して視界全てが黄金に染まった景色が忘れられません。そこまで偶然な情景でなくとも暗雲に塞がれた天気の後に突き抜けるような光が差し込む様子は,夕立ならではと言えるでしょう。
雷の音。ひっくり返るような豪雨の音。これらも,それまで忙しくしていた手を止めてちょっと見やったり,友人との話の流れが変わったり。何かしら平凡ではなくなるきっかけになっているように感じます。閉塞感をある意味打破してくれるほどの勢い(但し,三日も続くと逆に閉塞する)が夕立にはあり,迷惑だなどと思わないでちょっと見やってほしいものです。
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